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檸檬栽培日記

ヲタクで腐女子でセクシャルマイノリティで双極性障害で田舎在住の人間が好き勝手語ります。doaというバンドが大好き。

「Serendipity」はパクリなのか?

先日、倉木麻衣ちゃんの新譜を購入した。

 

Smile (初回限定盤) (2CD)

Smile (初回限定盤) (2CD)

 
Smile (通常盤)

Smile (通常盤)

 

 こちらは、オリジナルアルバムとしては5年ぶりの作品となるそうだ。

麻衣ちゃんのアルバムには2ndの『Perfect Crime』以降、ほぼ全作にdoaの徳永氏が提供した楽曲が収録されていることもあり、出れば購入することが多い。

 

 

今回のアルバムには、既にCMのタイアップとして使用されていた「Serendipity」という楽曲が、約2年の時を経て初めてCDに収録された。

JR西日本のCMソングとして、耳にしたことのある人も多いかと思う。

ちなみにこの曲も作編曲を徳永氏が手掛けており、楽器の演奏やコーラスも彼が担当している。

 

そしてこの曲はCMに使われていた時期にデジタル配信されており、一部でオリビアニュートンジョンの「ザナドゥ」のパクリだと悪い意味で話題になっていた。

 

とりあえず、先入観なく2曲を聴いてみてほしい。

 

www.youtube.com

 

www.youtube.com

 

曲の構成や雰囲気が酷似していることに気付くはずだ。

しかし、これを安易に「パクリ」と断罪してしまうのはどうなのだろうか。

 

「パクリ」の定義に関しては、この記事が分かりやすくまとめてある。

 

wating-for-1.net

 

これに当てはめると、「Serendipity」は「オマージュ」に近いのではないかと私は考える。

つまり、「ザナドゥ」をリスペクトの気持ちを持って意識して真似たのではないだろうか。

そう思う理由をいくつか挙げていく。

 

まずひとつに、「ザナドゥ」が全世界的に有名な曲である点。

有名すぎて、パクる必要性が見当たらない。

単なる盗用だとして、ここまで有名な曲を真似れば、パクリだと指摘されるのは必至だ。

真似て何のメリットもない。

「最近の若い子は知らないと思ってパクったのでは」という意見も見かけたが、私は倉木麻衣ちゃんと同世代だが知っているし、彼女の若いリスナーというのも大体同じくらいの世代が多い。

むしろ、倉木麻衣ちゃんのリスナー層は、彼女のデビュー当時20代だったとして現在40代以上のファンが多数派なのではないだろうか。

 

次に、徳永氏は楽曲製作の際、自分のリスペクトする名曲の要素を入れ込んだり、似たような雰囲気をイメージしたりすることが多々ある。

例えば、ZARDの「永遠」はEAGLESの「Hotel California」にインスパイアされた曲だと公言しているし、同じく「Hotel California」のサビに酷似したフレーズがdoaのデビュー曲「火ノ鳥のように」のBメロに出てくる。

 

www.youtube.com

 

あるいは、三枝夕夏 IN dbの「Whenever I think of you」はビーチボーイズ風のコーラスをふんだんに取り入れている。

その他、明言されることはなくとも、往年の名曲に似たようなフレーズやリフやコード進行、コーラスネタなどを確信犯的に使っていることが多い。

 

更に、世間でパクリと騒がれた曲が実際に版権元から訴えられる例というのは少ない。

もちろん、歌詞の酷似や大部分のメロディの一致などで訴訟になった例はある(槇原敬之松本零士に訴えられた例*1など)

しかし、雰囲気が似ているからといって訴えられた例はないのではないだろうか。

著作権にはそれほど詳しくないが、コード進行やギターリフなどには著作権が認められるのは難しいらしい。*2

そもそも著作権が今の日本では親告罪である以上、第三者が断罪するのは余計なお世話という気がする。

 

 

おそらく今回の件は、最初から「この曲はザナドゥのオマージュ」と公表しておけばよかったのかなとも思う。

しかしオマージュなら、リスナーが各々でオマージュ元に気付くという方がより楽しんで聴けるのではないだろうか。

 

 

実は徳永氏はよくパクリ論争に巻き込まれる作家ではある。

確かに今回のように、聴き比べると非常によく似ている場合も多々ある。

ただ、彼のファンとして彼の音楽への向き合い方を知った上で感じるのは、原曲へのリスペクトなく似せていることはないということだ。

リスペクトがあればパクっても許されるかと言えばまた別問題のような気もするが、彼は自分が作曲家であることにこだわっており安易に盗用する人間ではないし、「似せようとした結果似すぎてしまった」というのが実のところかなと思う。

 

なんにせよ、「Serendipity」は流れるようなメロディに透き通った倉木麻衣ちゃんの声がマッチしていて、とても好きな曲である。

*1:槇原側の勝訴に終わっている

*2:よほど独特なものなら認められる可能性があるとのこと

非バンギャがバンギャル手帳を入手してみた

年が明けても今年の手帳を買っていなかった私だが、今年も例年通りのキャラクターものにしようかとネットで探していてふとその存在を思い出したのが、バンギャル手帳である。

バンギャル手帳とは、バンギャ(=ビジュアル系バンドのファン)がファン活動するために便利な機能を盛り込んだ、まさにバンギャのための手帳だ。

 

さて、私は大好きなdoaというバンドを中心にライヴにはよく行くが、特に好きなビジュアル系バンドがいるわけではないので、厳密にはバンギャではない。

しかし、ライヴやコンサートに行く、という行為のみを切り取ってみれば、それはバンギャもそれ以外のアーティストのファンも同じではないかと思い当たった。

また、私は舞台観劇も趣味で、ライヴと同じようにチケットを取り、会場を調べ、交通手段を準備する。

そういう意味で、私にも使い勝手のいい手帳のような気がした。

 

店頭販売もされているようだが、取扱店舗が少なく遠いため、私は手っ取り早くヴィレッジヴァンガードの通販を利用した。

vvstore.jp

 

実際に届いたのがこちら。

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バインダーは附属していないので、近所の文房具・事務用品店で購入。

そのバインダーいっぱいの厚みなので、なかなかのボリューム。

 

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せっかくなのでバインダーのポケットにはFC会員証を入れ、ジップ付きの手帳に挟んで使えるビニールポケットに保管している現場で拾ったピックたちも装着してみた。

 

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中身はまず、年間スケジュール。

大型遠征の予定などがあれば便利そうだが、特にそういう予定のない私は、気になるアーティストのツアー日程を記入してみた。

アーティストのスケジュールの把握が少し楽になる気がする。

また、好きな役者さんの舞台やミュージカルの公演日程なども同じように書き込めば、遠征の計画も立てやすくなるかもしれない。

 

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そして、マンスリースケジュールだ。

これは普通の手帳と変わらないため、仕事やプライベート、通院などの予定も書き込める。

(※シールなどは付いていないので、他のダイアリーから流用している)

 

唯一特徴的なのは、上部にその月に結成された主なバンドの名前と結成年が列挙されている点だろう。

ただし全てビジュアル系バンドであり、現在は解散したバンドの名前もあるため、完全にバンギャ向けの情報だ。

 

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次に、チケットと交通手段を管理するページ。

観劇にも流用できるかと試しに来月観劇予定のメサイア-暁乃刻-のチケットを書き込んでみた。

予約、支払い、引き取りなど、基本的にはライヴやコンサートと同じなので充分に使える。

ただ、1公演につき1往復交通手段の枠がセットになっているので、マチソワで見る時にはそこが無駄になってしまうのがもったいない気もする。

 

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当日のスケジュールなどを確認するページ。

これもメサイア-暁乃刻-のものを書き込んでみた。

私は東京の地下鉄の乗り換えでいつも迷うので、こうして書いておくと当日の乗り換えが多少スムーズになるだろう。

 

この手帳を買って初めて知った言葉のひとつが、右ページにある「最前割」だ。

最前ドセン(最前列の真ん中)を基準として、左右に何人並べるかという人数を表したもので、「515」や「8:1:8」のように表記されるらしい。

この数字で会場の大体の横幅、また自分の整理番号だとどの位置を狙えるかが、把握しやすくなるとのこと。

サンシャイン劇場は最前列は22席なので実際にはドセンは存在しないが、とりあえず無理矢理「11:1:11」ということにしておいた。

 

 

その他にも取引管理ページ、日本白地図ページ、インストアイベント(フリーイベント)管理ページなど、ヲタライフに便利な機能がいくつもある。

使いこなせるかどうかはまだ分からないが、これが舞台観劇にも役立つのだとしたら、今度は舞台観劇に特化して進化した手帳が登場するかもしれない。

私が双極性障害と診断されるまで4

この続きである。

 

lemonymint.hatenadiary.jp

lemonymint.hatenadiary.jp

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※時系列に少しミスがあったので訂正しました。

 

 

前回の話の通り、私は母と暮らすことになった。

家事は全て母がしてくれ、私は寝て起きてご飯を食べて、時折PCで色々遊ぶ。

とにかく「親のぬくもり」を傍に置いて安心できる環境を作ることが必要だと言われた。

 

その頃、カウンセリングのY先生の紹介で病院を代わり、少し離れたところにある心療内科のクリニックに通っていた。

電車で一時間ほどかかるため行くだけで疲れ、薬が切れても病院に行けないということもあった。

そうなると私は離脱症状に苦しみながら、病院に行くことになる。

 

またこの年は、自傷行為との戦いの年でもあった。

母は家中の刃物という刃物を全て隠した。

私はそれを何とか探し出し、風呂場で一人きりになった隙に自分を傷付けた。

翌朝傷を見付けた母が私を叱りながら手当てをし、改めて刃物を隠す。

しかし私もいざという時のために刃物を隠しておき、その隠し場所は絶対に教えなかった。

傷が塞がらずに病院で縫合処置を受けたことも一度や二度ではない。

最終的には左腕の皮膚がボロボロになり、このままではもう手首の皮膚がくっ付かなくなる、皮膚が薄すぎて次はもう縫うことができない、とまで言われた。

私も自傷行為が良いことだとは思っていなかったが、切らずにはいられなかった。

いけないと思いながらも、やめることができなかった。

 

 

休学期間が限界を迎えたため、翌年は復学することとなる。

母は実家に帰り、再び前の同居人との生活が始まった。

カウンセリングのせいもあってか意外と休むことも少なく大学に通うことができ、一年を通してある程度きちんと出席して単位が取れた唯一の年となった。

 

もちろん、学校に行けない時もあった。

自傷も続いていた。

うつが酷い時もあった。

はけ口は相変わらずmixiだった。

しかし、miximixiで会う人、合わない人も出てきて、人間関係が徐々にめんどくさくなっていた。

それでもまだ、ブログに戻る気にはなれなかった。

 

 

その翌年、大学に入学して7年目のことである。

前期は休みがちながらなんとか通学していたが、徐々に休みが多くなっていた。

結果的に前期試験の当日学校に行くことができず、それがひとつの選択をするきっかけとなった。

 

退学である。

 

このままでは卒業に必要な単位を取得することができず、後期も通学できそうにないという判断からだった。

私が一番しがみ付いていたのは「大学卒業」だったので、仕方ない。

 

すぐに実家に帰ることもできたが、私が都会での生活に名残があったこともあり、引っ越しは春となった。

それまではライヴハウスに通おう、同人誌即売会にも参加しよう、そう決めていた。

 

結局は予定を半月ほど前倒しした翌年の2月の半ば、私は実家に帰った。

 

3月になって、それまで通っていた心療内科クリニックの紹介状を持って、市内の精神科(田舎の山奥にある病院である)に行った。

そこで私は今の主治医と初めて会うのだが、紹介状を目にして私の顔を見るなり、主治医はこう言った。

 

「あなたは躁鬱病なので」

 

寝耳に水だった。

クリニックの主治医には、うつ状態としか言われたことがなかった。

けれど後になって調べてみると、処方されていた薬には双極性障害の治療に使われる炭酸リチウムも含まれていたのだ。

 

結果として、私は双極性障害の患者として薬が処方されるようになった。

双極性障害として障害者手帳もいただいたし、双極性障害として障害年金も受給している。

 

診断名が「うつ状態」から「双極性障害」に変わるまで、実に7年かかったのだった。

 

 

 

 

しかし、主治医のこの見立ては最終的な結論ではなかったのだが、そのことに関しては改めて書きたいと思う。

結論から言うと、「私は厳密には双極性障害ではないかもしれない」ということである。

「同性愛を気持ち悪いと言う権利」とは?

先日、この記事をニコニコニュースにて見かけた。

 

www.bengo4.com

 

ニコニコニュースのコメント欄というのは、どういうわけかLGBTや同性愛者に対する批判や偏見が多い。

いわゆる“淫夢”ネタで盛り上がる“淫夢厨”が集まる場なので、当然といえば当然かもしれない。

(なお、私は“淫夢厨”は同性愛を玩具にして面白がるホモフォビアだと思っている)

この記事にもやはり、同性愛者に対して差別的なコメントをいくつも見かけた。

 

特に多かったのは、

「同性愛者を気持ち悪いと言う権利はないのか」

というものだった。

 

確かに、日本は憲法表現の自由を保障されている。

しかし我々は幼い頃から「他者を傷付けたり不快にさせたりしない」という社会のルールやモラルを学んでいるはずだ。

ニコニコ運営も、「表現の自由は他社を傷つけて良い権利ではない」とのガイドラインを示している

netatopi.jp

 

 

ところで、論点は少しずれるがこのような意見を見かけた。

 

自分がマイノリティでありその権利を認めてもらいたいのであれば、他社のあらゆる多様性も認めるべきではないか。

 

これは少し違うのではないか、と私は思う。

先の話を例とすれば、「同性愛である」ことがマイノリティであると同時に、「同性愛者を気持ち悪いと発言する人」もある種のマイノリティ、多様性である。

つまり、同性愛者の権利を求めるなら、同性愛者を気持ち悪いと発言する人の存在も認めろということになる。

何故、自分に対して差別的な者の権利を認めなければならないのだろう。

 

あるいは多様性の中には、自分の主義や主張、自分の中の正義と相反するものもある。

カルト宗教などその代表ではないだろうか。

イムリーな話をすればトランプ新大統領の政策やその支持者も、ある種の多様性のひとつと言えると思う。

 

発言者がどのような意図でその発言をしたのかは分からないが、私には「マイノリティの権利を主張すること」と、「全ての多様性を認めること」はイコールであるとは思えない。

 

 

どちらにせよ、他人を傷付けることが権利になどなり得ないし、それを認める義務も義理もない。

歌詞から見る男女の結婚観

今回比較したい2曲

女性側:「Dear Bride」(西野カナ

歌詞はこちら。

www.uta-net.com

 

楽曲購入はこちら

Dear Bride(通常盤)

Dear Bride(通常盤)

 

 

男性側:「Dear Friend」(DEEN

歌詞はこちら。

www.uta-net.com

 

楽曲購入はこちら。

Another Side Memories~Precious Best II~(通常盤)

Another Side Memories~Precious Best II~(通常盤)

 

 先月リリースされたC/W曲のBEST盤。

 

Celebrate

Celebrate

 

 本来はこちらの2曲目に収録。

 

比較するに至った経緯

その1.年末の音楽番組

最近の流行の音楽にはめっきり疎くなってしまった私だが、何組か気になるミュージシャンも出演するということで、年末に放送された長時間の音楽番組をいくつか見た。

放送時間が長く、好きなミュージシャンがいつ出るか分からないので結局番組を最初から最後まで見てしまうようなあれだ。

その番組の中で歌われた一曲が、前述の「Dear Bride」だった。

 

歌詞を聞いた瞬間、何とも言えない拒絶感が芽生えた。

 

最近の20代、もしくは中高生や大学生の女の子たちはこれに共感するのか……と、少し年齢が上の私は感じた。

同時に、性自認がはっきりと女性ではない私は、「女の子の気持ちの代弁者」とも言われる西野カナの歌詞に、「これが代表的な女性の意見なら、女の気持ちなんて分かりたくねえ!!」と思わずにはいられなかった。

 

その2.B面BESTとカウントダウンライヴ

私はここ数年、DEENのカウントダウンライヴで年を越すのが恒例となっている。

今回のライヴはシングルA面やヒット曲、ライヴの定番曲は一切やらず、普段日の当たらないような曲ばかりを集めた“マニアックナイト”と題され、それに先駆けていわゆるB面BESTがリリースされていた。

そのB面BEST収録曲からの選曲として披露されたのが、「Dear Friend」だった。

「Dear Bride」と微妙にタイトルも似ているし、どちらも友人の結婚を祝福する曲である。

 

それまでサビの歌詞くらいしか気に掛けていなかったが、歌詞の全体像を改めて認識して私は驚いた。

男性視点だと、こんなにも表現に差が出るものなのか。

もちろん、西野カナ氏が現在20代、「Dear Friend」の歌詞を手掛けた頃のDEENの池森氏が40代前半だったという年齢差もあるかもしれない。

けれど、男女の結婚観の違いを考察するには充分なサンプルではないかと思った。

 

それでは比較してみよう

男女の夢

女性の場合

たくさんの愛に包まれて

大きな夢を今

この場所で叶える君を

心から誇りに思うよ

どうやら「夢」=「結婚」ということらしい。

確かに小さな頃は「将来の夢はお嫁さん」という女の子は一定数いるし、年頃になれば結婚願望を抱くのも普通のことである。

しかし、「結婚」という夢を叶えるということは、友人として心から誇りに思うようなことなのだろうか。

例えば就きたい職業に就いた場合、本当の意味で「夢を叶えた」と言えるかもしれない。

けれど、結婚は当たり前のことながら目標ではあってもゴールではない。

言ってみれば、「婚姻届けを提出した」、「結婚式を挙げた」というだけのことで、相手がいてお金があればそれほど苦労することもなくできることなのではないだろうか。

昔流行った成田離婚のように新婚旅行直後に離婚するかもしれないし、離婚とまではいかなくとも仮面夫婦だったり、家内別居、完全な別居もありえる。

逆に考えてみると、友人として誇りに思えるような、大きな夢を叶えたといえるような結婚は、女性が専業主婦になることを夢見ていた場合、もしくは玉の輿に乗ることが夢だった場合くらいではないだろうか。

 

それにしても、女性の夢=結婚、女性の人生のゴール=結婚、という考え方は男尊女卑が横行していた前時代的ではないだろうか。

20代の恋する女性は結婚がゴールだと思うかもしれないが、今は女性も社会で羽ばたける時代だ。

結婚の他にも大きな夢を見ていいのではないだろうか。

 

男性の場合

思い出す 日に焼けてた 僕たちを

同じ夢追いかけては 泣いて笑った

今はもうあの日のように走れない

だけどまだ 夢追いかけている

 主人公と結婚する友人とは、おそらく学生時代に同じ夢を見て励まし合った仲なのだろう。

今はかつてのような若さや行動力はないけれど、それでもお互いに夢を追いかけ続けている、というシチュエーションかと思われる。

そしてその「夢」は、決して「結婚」ではない

さらに言うと、結婚式を挙げるということはそれなりに収入や生活が安定しているということではないだろうか。

つまり既に就職していて、「夢」というのは「仕事」のことでもないのかもしれない。

考えられるのは、例えば副業として可能な職業、年齢を問わず就ける職業、もしくは趣味の世界での目標、「世界に名声を響かせたい」など具体的ではないもの、そういう生涯をかけて追いかける夢のことのような気がする。

あるいは「結婚」や「仕事」も夢のひとつではあったが、それらを叶えるごとにまた新たな夢を見付けているのかもしれない。

 

「結婚」という一つの夢を叶えたら終わってしまう前述の女性の生き方より、生涯をかけて夢を追いかけるこの男性の生き方の方が、個人的には魅力的に思える。

 

男女の友情

女性の場合

強がりでも本当はそう泣き虫だから

私からも彼に一つ頼みたいこと

笑顔の日も涙の日も守ってあげてね

私の大事な友達だから 

 全体を通してムズムズが止まらない女性同士の友情を歌っているが、特にうわあと思ったのがここ。

完全に友人が自分の所有物みたいになっている。

友人に依存しているというか、依存しあっているのではないだろうか。

「守ってあげてね」というフレーズも、何だか上から目線で気持ちが悪い。

 

私は中高性の頃から、女性の閉鎖的な友人関係が苦手だった。

もっとさっぱりした付き合いで、特定の個人というよりたくさんのクラスメイトや同級生と仲良くしたかったし、連れションとかも理解できなかった。

この曲に歌われているのはそんな私の苦手な閉鎖的な関係の中でベタベタ慣れ合うような友情で、私には共感できなかった。

 

男性の場合

君の存在が何度も背中を押してくれて

ここまで来た気がするよ 

 「夢」に関する部分で紹介した歌詞の続きに当たる部分だが、互いに夢を追いかけあう二人は、いいライバル関係であったのかもしれないと思わせられるフレーズである。

お互いに高め合うことのできる友人関係というのは理想的だと思う。

慣れ合うわけではなく、友人の頑張る姿を見て自分も頑張ろうと思う、そんな刺激し合える関係なのではないだろうか。

 

私は女子校出身なので男性同士の友情についてはほとんど分からないのだが、例えば好きなミュージシャンや俳優さんを見ていると、このように刺激し合い、高め合う関係にある相手がいる場合が多い気がする。

芸能界の女性のいじめは陰湿だとも聞くし、女優や女性アイドルなどでそのような関係というのはあまり知らない。

 

まとめ

恋愛脳の女性は視野が狭くなってるのではないかなと感じざるを得ません。

私はこの二曲の歌詞だと「Dear Friend」の方に共感するし、生涯追いかける夢を持ち、互いに高め合える友人と付き合っていきたいと思う。

結婚観、夢の捉え方、友人観に関しては、私は男性寄りの考えに近いのかもしれない。

 

そしてやはり、西野カナ氏の歌詞が女性の代弁というのなら、私は女心なんてこれっぽっちも分かりたくないと思う。

ナベシャツ購入を検討

胸の大きさは、女性としてのステータスという。

しかし男女の概念がない私にとって、大きな胸は邪魔以外の何物でもない。

 

先日、10年近く前に買ったもののお腹周りがふくよかになったためサイズが合わなくなった服を、ダイエットしたおかげで再び着られるようになったので着て出かけるということがあった。

しかし、お腹周りはすっきりしたものの、胸のサイズはダイエット前からほとんど変わっていなかったのか、服を購入した時より大きくなってしまったのか、ものすごくきつくなっていた。

そのため、胸を無理矢理服に押し込め、ジッパーを締めることでなんとか着ることができた。

その状態で約1日過ごして感じたことを、書いてみたい。

 

胸を潰して過ごしてみての感想

揺れない

がっちり固定されているので、乳房が揺れない。

走ったり、飛び跳ねたりしても、全く揺れることがない。

乳房が揺れるというのはかなりの衝撃や痛みが伴うことなので、実に快適だった。

 

邪魔にならない

物理的に小さくなったことで、非常にすっきりした。

おかげで狭いところを通る時、うつぶせになった時、ほとんど邪魔にならない。

これもやはり快適だった。

 

足元が見やすい

これも前述の項目と被るのだが、下を見下ろした時に視界が広がる。

特に足元が見やすい。

おかげで落としものにも気付きやすいし、靴の紐がほどけてもすぐ分かるし、階段を下りる時も怖くない。

非常に快適だった。

 

胸への視線が気にならない

自意識過剰な部分もあるとは思うが、大きな胸へ遠慮のない視線を向けてくる人間というものは存在する。

実際はそうではなかったとしても、見られているのではないか、と気になることもある。

しかし、胸がさほど大きく見なければ視線を気にする必要もない。

変なナンパや痴漢に遭うこともない。

これもまた、快適だった。

 

胸を潰して過ごしてみての結論

総合的な感想

快適過ぎる。

これに尽きる。

 

ナベシャツに興味が湧く

縮胸手術や乳房の切除という選択肢もあるが、それらはやはり金銭的な問題や、肉体的な安全面の問題もある。

ということで、ナベシャツを着用するのはどうだろうと考えるようになった。

胸を小さくすることで、ブラウスや胸元が大きく開く服なども気にせず着ることができる。

和服も綺麗に着こなせる。

更に、男装する時もメンズの服が違和感なく着こなせることだろう。

 

しっかりしたものは1万円近くするようだが、2000~3000円の手ごろなものもあるようだ。

色々と探して検討してみたい。

 

 

胸つぶし ナベシャツ タンクトップ 3列6段フック&ゴム

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腸活はじめました

私は肌荒れがひどい。

元々敏感肌であり、また乾燥しやすい体質でもある。

 

今年の夏頃、保湿のために化粧水や乳液を付けた際、真っ赤に腫れ上がったことがきっかけでさすがに危機感を抱いた。

皮膚科で肌荒れのための飲み薬、肌荒れの塗り薬、保湿剤、ワセリンをもらい、それを塗り続けた。

 

洗顔は薬局で売っている低刺激石鹸に変えた。

NOV ノブ ソープD 100g

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ボディソープも赤ちゃんの敏感肌にも優しいものにした。 

  

また、顔の保湿のために今もワセリンを使用している。 

【第3類医薬品】プロペトホーム 100g

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 これは一般に買える家庭用のものだが、私が使っているのは病院で処方してもらった医療用のものだ(成分はほぼ同じ)

 

おかげで顔の赤みは引いたが、今でもすぐに肌がかさつき、ガサガサになってしまう。

顔だけでなく、胸元や背中もだ。

なるべくこまめにワセリンや保湿剤を塗っているが、それもなかなか煩わしい。

 

そんな時、Twitterでこんなツイートを目にした。

 

 早速、騙されてみることにした。

 

そういえば私は元々便秘気味の体質に加え、精神薬の副作用でさらに便秘がひどくなり、日常的に下剤を飲んでいる。

最近は下剤の効き目がまちまちで、便秘と下痢を繰り返すほど腸の働きが悪い。

お腹を冷やしたわけでも冷たいものを食べたわけでもないのに、腸の辺りが痛むこともたまにある。

そんなこんなで先日、元々処方されている胃薬4種類に加え、ビオフェルミンを処方されるようになった。

自分の腸内環境は気になっていたところだった。

 

まだヤクルトを飲み続けて4日ほどなので、効果は分からない。

とりあえず、女装(私の外見は女性だが、性別の概念がないため女性の格好をするのは女装である)する時に化粧できるくらいに肌が綺麗になればいいなあと思っている。